スペシャル対談「働き方改革の実践ポイント」《前編》


スペシャル対談『働き方改革の実践ポイント』 第1回《前編》

県立広島大学院 教授 木谷宏
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働き方改革上級コンサルタント 藤原輝

「働き方改革の本質とは何か?」「誰のための改革なのか?」働き方改革研究の第一人者である木谷宏教授とワーキンエージェントの藤原コンサルタントが中小企業にとっての働き方改革のあり方や取組ステップ毎のポイントを語り合います。(収録日:2019年5月)

プロフィール紹介

県立広島大学大学院 木谷宏教授
博士(経営学)

広島県呉市出身。東京大学経済学部卒業後、食品会社入社。米国ジョージ・ワシントン大学ビジネススクール留学(MBA)。米国現地法人COO、本部経営企画部長、CIOを歴任。2008年学習院大学経済学部 特別客員教授、麗澤大学経済学部教授を経て、2016年4月より現職で、広島県働き方改革実践企業認定制度の審査委員長なども務めている。
専門分野は人事管理論、CSR、WLB、ダイバーシティ・マネジメント。
著書に「人事管理論 再考」生産性出版、「社会的人事論」労働調査会、「経営者のためのワーク・ライフ・バランス入門」香川県経営者協会などがある。

木谷宏
株式会社ワーキンエージェント 働き方改革上級コンサルタント 藤原輝

印刷・出版・人材育成の一部上場企業に入社。企業トップ、人事担当者を対象に人事戦略・育成のコンサルティング活動の他、企業審査担当、情報誌編集長などを歴任。その後、人材採用・育成と経営支援の専門会社を設立し、従業員のキャリア開発、経営支援、大学キャリアセンターの運営指導、コンサルタント養成などに従事。
働き方改革コンサルティングでは全国でもトップクラスの支援実績を誇る専門家でもあり、広島県の「働き方改革企業コンサルティング」「働き方改革企業内推進人材育成」などの事業において統括者を務め、県内中小企業の生産性の向上に成果をあげている。

藤原輝

第1回《前編》実際の現場では何が課題になっているのか?

働きやすさへの偏重

木谷・藤原:
今日はよろしくお願い致します。
藤原:
早速ですが、最近の働き方改革の状況をどのように感じていらっしゃいますか?
木谷:
この4月から働き方改革関連法が施行されました。私も色々な企業の方々とお話することがあるのですが、いろいろな意味で緊張感が高まっていると感じます。改革に対しては積極的な(能動的な)企業がある一方で、社会保険労務士や労働基準監督署からの指導を受けながら対応しよう、という受動的な企業もあり、温度差があるようです。「働き方改革」はとても大きな概念なので、企業によって受け止め方も様々といったところが実情ではないでしょうか。
藤原:
おっしゃる通りだと思います。弊社でも、さまざまな企業のコンサルティング支援を行っていますが、働き方改革に対する意識や取組レベルの違いを、日々感じています。
木谷:
ワーキンエージェントさんは、人事コンサルティングから始まり、これまで広島県の支援事業や県内の多くの企業に対する働き方改革コンサルティングをなさっていますね。
御社の強みは、単に職場にクラウド等のシステムを導入するといったテクニカルな部分だけでなく、働き方改革の取組を人事改革や事業革新・経営改革へとつなげていく一連のパッケージ化したコンサルテーションが可能という点にあると思います。このように働き方改革から経営改革まで網羅した形でコンサルティングされているケースは全国的にも本当に少ないのが実状です。
さて、そのように様々な企業を支援される中で、現在の働き方改革の取組に対して、どのような課題認識をお持ちですか?
藤原:
ありがとうございます。課題としては大きく分けて3つあると感じています。
1つ目の課題は、働き方改革の取組が「働きやすさ」に注目しすぎてしまって、本質的に重要な「働きがい」の視点が抜けたままの企業が多いことです。私の個人的な見解から申し上げると、「働きがい」の向上こそが生産性の向上に一番結びつく要素だと思っています。
2つ目の課題は、マネジメント層の問題です。中小企業にとって管理者は会社の屋台骨を背負うキープレイヤーであり、その存在は大きい。そうした管理職が今、組織内の人材不足のため自らが仕事を抱えすぎてしまっていて、その結果、仕事を部下に振る能力、つまり業績を落とさないで部下に仕事を任せる「段取りの力」が不足しているように感じます。
3つ目の課題は、取組が表面的な課題に終始しやすい事、つまり対症療法しかできていない点です。
例えば、働き方改革は現状調査のためにまずサーベイ(従業員アンケート)を実施しますが、サーベイの結果によって、長時間労働者の多さが目に見えるとノー残業デーを導入したり、高齢化や介護の両立者の多さが目に見えると両立支援制度を導入したりと、対症療法的な手当てしか出来ていない状況があります。大切なのは「なぜ長時間労働になるのか」という原因を探り、根本的な手当をすることなのですが、そこまで辿り着けていない企業が多いと思います。 
木谷:
どれも実際に支援をする中で出てくる大切な視点だと思います。
まず1つ目の「働きやすさへの偏重」への指摘は、これまで注目された方はあまりいないと思います。働き方改革を突き詰めていくならば、「より働きやすく」と「より働きがいを」の2つの要因に分けることができますが、経営者・従業員ともに「働きやすさ」に着目しがちです。それはなぜかといえば、これまでの職場は、ずっと「働きにくかった」からで、改善したいと思うこと自体は当然なのですが、一方でこれは“守り”の考えです。いくら「働きやすさ」を高めていっても、ネガティブ要因が排除されるだけでモチベーションの向上にはつながりません。(いわゆるハーズバーグの二要因説における衛生要因のみで動機付け要因になっていません。)
この2つの要因について私たちは、しばしばまったく別物と考えがちなのも、問題かもしれません。本来ならば「働きやすさ」と「働きがい」は密接に関連づいているのです。
藤原:
「働きやすさ」と「働きがい」は一体化していますね。企業は従業員の「働きやすさ」「働きがい」の実現を“支援”し、従業員は生産活動によって企業へ“貢献”する。こうした“支援”と“貢献”の好循環のサイクルを生むことが働き方改革では重要だと思います。

しかし現状では、「働きやすさ」に関する支援制度を導入するだけで「働きがい」がなく、従業員からの“貢献”が生まれていない「見せかけWLB(ワーク・ライフ・バランス)企業」や、逆に「働きがい」を必要以上に強調し、十分なWLB支援を行っていないために「やりがいモーレツ企業」になっているケースが見受けられます。「働きやすさ」と「働きがい」をいかにうまく両立させられるかが鍵と言えそうです。
木谷:
その通りですね。経営者にとっては「見せかけWLB企業」になることが一番怖いことでしょう。WLB施策を整備すればするほどコストも手間も掛かります。WLBという鎧を着込みすぎて身動きが取れないといった状況に陥ることは、経営者としては極力避けたい状況です。そこで逆にやりがいや働きがいというものを高めようと、「非常に厳しい評価の仕組み」を導入したり、「行動管理を徹底する」といった様々な方法をとるのですが、それが行過ぎれば「やりがいモーレツ企業」になるわけです。
働き方改革について検討する場合は、この“守り”でありコストでもある「働きやすさ」と、 “攻め”であり成果にも繋がる「働きがい」の2軸を、きちんと分けて考えることが、非常に重要なポイントですね。

マネジメント層の問題

木谷:
2点目の「マネジメント層の問題」についての指摘も非常に面白いですね。
当たり前のことですが、仕事というものは誰も一人ぼっちでしていません。一人で作業することがあったとしても、完全に一人きりで仕事が完結している人はおらず、必ず同僚や上司がいます。独立している人やフリーランスを除けば、会社に雇われている人はみなチームで働いているわけです。そうすると働き方改革で働き方を変えるとは「チーム」の働き方を変えると言うことに他なりません。ついつい私たちは個人単位の働き方や、会社全体の改革といった両極端の施策に偏りがちで、もちろんそれらも大切なのですが、もっと重要なのはチーム単位の働き方をどう変えるかです。そこが改革推進の一番の核にならなければいけないのに、どうしても個人や経営者起点になっている。それが日本の働き方改革の進め方の大きな欠陥だと思います。なかでもチームの「業績責任」と「育成責任」を担っている管理者の働き方をどう変えるかは、とても重要だと思います。

藤原:
私がコンサルティング支援したある検査会社の事例では、個人単位ではなくチーム単位で時短に取り組んだり、若手育成を行ったりと、個々人に依存していた仕事や育成の取組を、チーム全員で行う取組へと変えていきました。
今、中小企業の管理者の方々を見て感じるのは、長年企業に貢献し、頑張って仕事を抱えていることに、責任ややりがいを感じているという点です。
そういった管理職の人たちが、安心して仕事を部下に任せられるような仕組みを、会社としても用意するべきだと思います。
例えばドミノ人事を導入することも1つです。ドミノ人事とは、管理職が連続休暇をとる場合、下の職位の者が1つ上の職位の仕事をドミノ式に代行し、その期間中は上位職の仕事をする制度です。

この仕組みを設けることで、部下は徐々に上席の仕事を覚え、育成にもつながります。こうした取組が、これまで欠如していたのかなと思います。

木谷:
なるほど。「まずは管理職から」働き方改革を進めよう、休めるようにしようという場合、ドミノ人事のような仕組みは非常に有効でしょうね。
今後、管理職が働き方改革のキーパーソンになることは間違いありません。これは強調してもしすぎることがない点です。古くから日本には、プレイングマネージャー信仰があり、管理職としてよりも、プレイヤーとしての優秀さのほうが評価される風潮があります。日本では労働時間の100%をマネージャーやっていますという人は、ほとんどいません。大多数の管理職が、4:6や2:8といった低い割合のマネジメントであり、中には「名ばかり管理職」として99.9%をプレイヤーとして働かされている人もいます。
日本の組織にはマネジメントできる管理職を育成するための教育体系がほとんどありません。
今後の改革で取り組むべき大きなテーマと言えるでしょう

対症療法的な改革

木谷:
次に3つ目の、「改革が対症療法的になっている」という点ですが、これに対しては2つの考え方があると思います。
1つは、「対症療法から始めて痛い目をみて、失敗してみなさい」という考え方です。「試しにノー残業デーを入れてみなさい。上手くいかないでしょ?」ということで、少し乱暴ですが、そこで失敗して、初めて本質的課題に気付くというアプローチもありだと思います。
ただこのやり方で問題なのは、そこで懲りて「やっぱりうちでは、働き方改革はできない」と取組自体を止めてしまう会社が多いことです。10年ほど前のワーク・ライフ・バランス ブームの時が、まさにそうでした。いろいろな会社がフレックスタイムやノー残業デーを導入したものの、結局上手く運用できませんでした。根本的な療法ができていなかったのです。なぜ長時間労働になっているのかということを考えずに、早帰りだけを促していたのです。
長時間労働というのは、極めて構造的な問題です。いろいろな要素が絡み合って発生しており、それらの原因を1つ1つ解決していきながら、併せてノー残業デーにも取り組むべきです。
藤原:
ノー残業デーの導入に関しても、さまざまなやり方や工夫があります。一斉取得だけでなく、ローテーション制を取り入れることもその1つです。交代で実施することで、顧客対応などの業務が滞る心配がなくなりますし、日頃から作業を共有しあうことで、助け合いの意識を高めたり、仕事の属人化を防いだり、多能工化による育成といった効果も見込めます。
ノー残業デーひとつをとっても、なぜ長時間労働になっているのかを充分に考慮した上で、組織に適した形で制度導入しなければなりません。
木谷:
そうですね。ノー残業デーに絞って言うと、第1ステップとしては一斉取得ですが、それがある程度できるようになれば、次のステップとして個人単位でノー残業デーを設定する。そして最終ステップとして自分自身で時間のコントロールを行い、常に早帰りまたは自分のタイミングで早く帰れるようになることが目標です。一斉取得で言われるままに仕事をし、言われるままに早く帰るのでは、「小さなプロフェッショナル」とは言えません。自分で成果責任を負いながら、プロセスは自分自身の裁量で決められる。主体性を持って、自身で時間のコントロールを出来るようになることが理想ですね。
藤原:
私がコンサルティング支援している企業でも、行き過ぎた長時間労働がある場合は、まず蓋(強制力のある時間制限)をする必要があります。定時退社や強制退社といった制度を導入し、蓋として効果が出てきたら、次に個別状況を見ながら早朝出社やインターバル制度を導入というように段階をおって取組を発展させた企業もあります。
木谷:
話は少し脱線しますが、今年の5月の10連休も、会社による強制的なノー残業デーと全く同じ構造です。上(国)から言われてやっと休みが取れる。強制的に休まされないと休まない。休暇取得に向けた取組としては第一段階としては意義があるものですが、こういった「指示されて休みを取る」「言われないと休めない」といった状態では主体性を持った「小さなプロフェッショナル」集団にはなれないですね。

第一回目(前半)のまとめ

「小さなプロフェッショナル」というキーワードが木谷教授から示されました。
木谷教授は、責任と裁量を兼ね備えた組織内人材を「小さなプロフェッショナル」と呼ばれています。
実はこの「小さなプロフェッショナル」という概念が、1番目の課題「働きやすさへの偏重」や2番目の課題「マネジメント層の問題」の解決に関わる重要なキーワードになっています。
組織内の一人一人が「小さなプロ」として活躍することが「働きがい」を高める目的であり、従業員一人一人が「小さなプロ」になることで、管理職による仕事の抱え込みも解消できるからです。
後半の対談では、「小さなプロフェッショナル」をテーマに、これからの時代の“働く人のあるべき姿”についても、詳しくお話をうかがっていきます。

次回(後編)に続く